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あれは年末の押し迫った金曜日の夜だった。何時もならとっくに帰って来ている妹が、 その日は帰りが遅く、バイトの帰りに何所か遊びに行ったのかと思って、俺は風呂に入った。 大体毎日ほぼ決まった時間に入浴する俺は、その日もほぼ同じ時間に入浴していた時だった。 原チャリのエンジン音が家の前で止まったのを確認した俺は、妹が帰って来たのだと分かった。 妹は高校卒業後、就職氷河期の煽りを受け志望会社から内定を取り消され、 已む無く就職活動をしながら近所のガソリンスタンドでバイトをする事になった。 せっかく商業高校を卒業して経理関係の仕事に就きたかったのにと、 その願いも虚しく唯一見つかったのがスタンドのバイト…。俺は直ぐに辞めると思っていたが、 負けん気の強い妹は俺の気持ちを知ってか、毎日ちゃんと出掛け、 商業高校卒業で経理が得意とバイト先が知るや、妹はスタンドの経理を、 バイトを初めて3ヶ月で任され、結局一年後には社員として昇格してしまい、 一応経理の仕事もするからとそのままスタンドの正社員になってしまった。 給料もバイト時代からかなり増えたらしく、へたすりゃ俺の方が給料安いんじゃないかと…。 そんな妹がご帰宅…日付が変わる頃の入浴は近所の物音が良く聞こえる為、 妹の行動が目に見える様に分かる。エンジンが止まるとスタンドを下ろす。 「カタッ」と言う音が聞こえ、キーを抜く音と同時に家のカギを探す音…。 そして鍵穴に差し込み回すと「カチャッ」と家の中に響き、「ガチャッ」とドアの開く音…。 そのまま「カチャン」と閉まる音が聞こえ、ヘルメットを下駄箱の上に置いた音が聞こえると、 妹が靴を脱ぎ上がった時の足音が微かに聞こえる。そのまま脱衣所兼洗面所の扉が開閉し、 蛇口を捻り水音が聞こえ「ガラガラ」とウガイをする音が聞こえる。 そして衣類の擦れる音が忙しなく聞こえ暫し、その音が聞こえ無くなると、 「お兄ちゃん入るよっ!」と言う声と同時に浴室の扉がガラっと開く…「えっ!」 裸の妹が片手で胸を隠す様にしてもう片手で「ほらっ!スペース開けて!寒いんだから!」 と言いながらシッシッと手を振る。その突然な行動に言われるまま俺は浴槽の中で、 体育座りをしてスペースを開けた。そこに背中を向けた妹が同じ様な格好で浸かる…。 「あ゛~暖かい~♪」パシャパシャと湯に浸かっていない肩の辺りに手杓で湯を掛けながら、 幸せそうに言う妹に俺は「お~い、由梨さぁ~ん」と声を掛けてみた。「ん?な~に?」 首を少し捻って呆気らかんと返事をする妹に、「な~に?じゃなくてさぁ何入ってんの?」と、 ちょっときつめに言うと「いいじゃん!寒かったんだよ!雪降ってる中の原チャリ、 めっちゃ寒いんだから!」と予想だにしない答えが返って来た。 「えっ!?雪!」俺は驚いてザパッと立ち上がると、浴室の窓を少し開け外を見た。 「マジっすかっ!」外は何時の間に降りだしたのか、かなりの大粒の雪が降っていて、 地面も白く積り始めていた。「ヤダぁーお兄ちゃん!寒いから早く閉めてよー! それで座ってよ~お湯が減って寒いんだからぁー」と不平不満たらたらだった…。 俺は素直に再び体育座りで湯に浸かった。「どうりで物静かな訳だ」と誰に言うでもなく、 大きな独り言の様な事を言うと「って言うか、お兄ちゃん何時まで入ってるの?」と、 今度は冷ややかな言葉が投げかけられて来た…「なっ!俺だってさっき入ったばかりで、 もう少し温まりたいんだよっ!さっきは早く座れって言ったくせに何だよっ!」 「え~マジでぇ~そもそも何でこんな時間に入ってるのぉ~?信じらんな~い」キィーッ! 「俺は何時も位の時間に入ってるよっ!由梨の帰りが遅いのが悪いだろ!遊んでたんだろ?」 と皮肉っぽく言うと「んな訳ないじゃん!私がスタンドの制服のまま遊び行く訳ないでしょ!」 と言われ、確かにそうだなと…妹は何時もスタンドの作業着?のまま通勤しているので、 そのまま帰宅せずに出掛けるなんて事は余程の事が無い限り有り得なかった。 「んじゃ何で遅いんだよ~」と、もう小学生レベルの口ゲンカっぽくなっていた…(笑) 「それがさぁ~聞いてよー」と、突然身体の向きを90度変え、俺の顔が見える体勢になった。 けど隠す所はちゃんと隠していた…「今日の売上計算どーしても1,000円合わないの…、 足りないのよ~何度数え直しても、何度計算し直しても丁度1,000円足りないの…。 でね、お金数えてる時に気付いたんだけど、新券…ピン札の事ね…の千円札が混ざってて、 もしかしたらお釣りを二枚重なってるのに気が付かなくて余分に渡したんじゃないかなと…」 隠す所をちゃんと隠しながら、手を使ってジェスチャー混じりに力説する妹に、 「んな素人じゃあるまいし…」と最後まで言う前に言葉を遮る様に、 「それが居るのよっ!一週間前に入ったばかりのバイトの高校生くんがっ!」 「そんなバイトくんに金触らせるのが悪いだろ~」「そうなんだけど、今日に限って、 メチャクチャ混んでて、バイトくんには暫く一人でお金のやり取りはさせない様に、 店長とも話してたんだけど、どうにもお客さん待たせ過ぎるから仕方なく今日だけは、 一人でやらせちゃったんだよねぇ…まぁほぼ間違いなくバイトくんが犯人なんだろうけど、 それを責める訳にもいかないから今日のところは店長が自腹切る事に…店長嘆いてたなぁ…。 俺の昼飯代が一日分減っちまったって…」「ふ~ん、それで遅くなったって訳か…」 「そうです…」再び俺に背中を向けて「はぁ~疲れた…」とガックリ肩を落とすと、 「足、伸ばしたいだけど…」とつぶやくように言われ、そう言われたら俺は湯船から出るか、 足を広げ妹を後ろから抱っこする様な体勢にならなければならなかった。
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